マクロ経済学の文献


作成:2005/04/28; 更新: 2009/11/16

始めに: 工藤が学部学生の時には基礎的なマクロの教科書を読んだあと次に何を勉強すればいいのか全く分からずにずいぶん無駄な時間を過ごしていたように感じます。このページではある程度本格的にマクロ経済学を勉強したいという学部学生や大学院生の方々のために、学習の道しるべになるような教材を紹介します。以前は多数の教科書を紹介していましたが、近年はアマゾンなどで非常に多くの情報が入りますから、ここではできる限り紹介する文献を絞り込むようにしました。ここで紹介しきれなかったものにも良書は多数ありますので、最終的には自分に合うものを選ぶのがベストだと思います。

学部標準レベル: 大学2、3年生向けのレベルです。このレベルには良い教科書が多数ありますので、大学の講義で指定されている教科書や下のリストに挙げてある教科書を読み進めることをおすすめします。残念ながら経済学はイギリス生まれ、アメリカ育ちの「輸入品」なので、良い教科書の多くは海外の経済学者によって書かれています。翻訳されたものでもいいですが、ある程度ミクロおよびマクロ経済学の勉強をしたら英文の教科書にも是非挑戦してみてください。

教科書の例:

  1. スティグリッツ&ウォルシュ、『スティグリッツマクロ経済学』、第3版、東洋経済.
  2. マンキュー、『マンキューマクロ経済学I:入門編』、『II:応用編』、第2版、東洋経済.
  3. Joseph Stiglitz & Carl Walsh, Economics, 4th edition, Norton 2006.
  4. Gregory Mankiw, Macroeconomics, 6th edition, Worth Publishers 2006.
  5. Frederic Mishkin, The Economics of Money, Banking, and Financial Markets, 8th edition, 2007.

1と2は世界的なベストセラー教科書で、実際内容も素晴らしいです。2は『マンキュー経済学:マクロ編』という初級レベルの本もあるので注意してください(こちらも素晴らしいですが)。1、2の最新英語版がそれぞれ3、4です。英語版は非常に早いペースで改訂されています。5はいわゆる金融論の教科書です。マンキューなどマクロの教科書は和訳され日本でも人気ですが、なぜか金融論の教科書は欧米のベストセラーがいまだに上陸を果たしていません。大学生向けの教科書は論壇にも多少なりとも影響を与えますから、Mishkinくらいは日本でも広まって欲しいと思っています。マンキューだけ読んで金融政策の議論を行うのはさすがに無謀だと思います。

学部上級レベル: 大学3、4年生向けのレベルと考えてください。学部標準レベルとの違いを明確に定義するのは簡単ではありませんが、最大の違いは、このあたりから時間の概念が分析の中に出てくるという点でしょう。そういうものを「動学」(ダイナミックス)と呼びます。動学分析では、例えばGDPが単なるYではなくY(t)のように「どの時点のGDPか」を明示的に扱うのです。それによって、経済成長や国債の維持可能性など、大変面白いテーマについて扱うことができるようになります。また、分析の方法もかなりミクロ経済学風になっていくはずですので、ミクロ経済学の復習もしておきましょう。

教科書の例:

  1. サックス&ラレーン『マクロエコノミクス上』、『下』日本評論社、1996.
  2. Jeffery Sachs & Felipe Larrain, Macroeconomics in the Global Economy, Prentice Hall, 1993.
  3. 二神孝一&堀敬一『マクロ経済学』有斐閣、2009.

1およびその原著2は分量も多く読み応えがあり、国際マクロについての記述も大変充実しています。この本が正に「学部上級レベル」という言葉を定義していると私は考えます。本格的な大学院レベルの勉強まではしたくないけどマンキューやスティグリッツは卒業した、という方におすすめします。93年の本なので、個人的には改訂を強く願っています。最近出版された3は、現時点で学部上級教科書の決定版と言えるでしょう。大学院レベルになってしまうギリギリ手前の技術で全て記述されていますので安心して大学生におすすめできます。とにかく非常に良く書けています。大学院に進学する場合は入学前にこれを読んでおきたいところです。

大学院レベル(M1): このレベルはこれまでのものとは分析手法が全く異なり、しかも数学的水準もかなり上がりますから、基本的には専門家を目指さない限りここで紹介する内容を学ぶ必要はないでしょう。もしもマクロ経済学の研究者を目指す場合は、逆にかなりの時間と労力を割いて分析技術の習得をする必要があります。取り組む際は、差分方程式、微分方程式や動学的最適化問題など、動学分析の基礎の学習に取り組み、それと平行してそれらのツールを用いたマクロモデルを教科書にしたがって学ぶのが効率的でしょう。個人的には、もはや自習で習得できるレベルではないと感じています。大学院の講義を受講することが大前提です。

マクロ経済学で使用する手法を大きく分類すると

  1. 離散時間で無限期間生きる個人を扱う
  2. 離散時間で有限期間(二期間など)生存する個人を扱う
  3. 連続時間で無限期間生きる個人を扱う

の3種類が挙げられます。1の場合は学部で勉強したラグランジュ法またはダイナミック・プログラミング(DP)を使い、1ではラグランジュ法を用いるか、それすら必要ない場合も多いです。1、2とも、離散時間を扱うので差分方程式に関する知識は必須であることは付け加えておきます。3は連続時間なのでハミルトニアンおよび微分方程式を用います。ちなみに「連続時間で有限期間生きる個人」を扱えないのか、というと実は可能で、3にほんのすこし細工をするだけでいいので技術的には同じです。

最近のマクロでは3の連続時間のモデルよりも、離散時間モデルの1が主流になっています。以前はRBC(リアル・ビジネス・サイクル)と呼ばれていたのですが、このごろはDSGE(Dynamic Stochastic General Equilibrium)と呼ばれることが多くなっています。一昔前のIS-LMモデルのような広まり方だと言っても過言ではないほどです。登場から約30年ですから、個人的にはそろそろ学部教育にも反映させる時期になりつつあると感じています。

教科書の例:

  1. Roger Farmer, Macroeconomics of Self-fulfilling Prophecies, 2nd edition, MIT Press, 1999.
  2. Costas Azariadis, Intertemporal Macroeconomics, Blackwell, 1993.
  3. Robert King and Sergio Rebelo, "Resuscitating Real Business Cycles," Handbook of Macroeconomics, Chapter 14, Elsevier, 1999.
  4. 加藤涼『現代マクロ経済学講義』東洋経済新報社、2007.
  5. Daron Acemoglu, Introduction to Modern Economic Growth, Princeton University Press, 2009.

良い教科書は他にも多数ありますが、ここでは大胆に絞り込んで紹介しています。本によって分析のツールや内容が大きく異なるので、教科書選びはどうぞ慎重に。ここが世界標準のあるミクロとの決定的な違いでしょう。1と2は差分方程式について詳しいので初めて大学院レベルの勉強をするM1の学生さんにちょうど良いと思います。個人的には2は好きなのですが、残念ながら、最近すこし「老けて」きました。ただし、この本の差分方程式の解説を超える文献はまだ登場していません。3は本ではなく論文なのですが、あえて「教科書」として紹介します。この論文をひと通り理解できれば、胸を張ってM1レベルを卒業して良いと思います。原則的にはこのレベルで和文の文献を紹介したくないのですが、4は最初の50ページだけでもいいから多くの大学院生に読んでもらいたい本です。DSGEの重要度が良く分かるはずです。

5は凄いです。完全に脱帽です。ここまで徹底的に丁寧に書いている教科書は他に見当たりません。スティグリッツの学部生向け教科書のような文章の量です。特定の仮定について、どうしてその仮定があると便利か、そしてその現実性はどのくらい正当化できるのか、さらにはその仮定が後の章でどのように拡張されるのか、にいたるまで徹底的に解説しています。大学院の講義では時間の関係でなかなかここまで丁寧に解説できませんので、この教科書はかなりM1諸君の役に立つと思います。かゆいところだけでなく、本来かゆく感じるべきだけど感じなかったところまで「ここかゆかったでしょ?」と言わんばかりに解説をしてくれます。単純なソローモデルから始まって、はるかかなた先まで1000ページかけてゆっくりと、しかも一気に到達します。この本は構成も非常に良いので1ページ目から順に読むことをおすすめします。なお、M1では厳しいと思われる内容も多く含んでいますので、そいういったところは当面読み飛ばしましょう。前人未到の重量のため、肩こりと筋肉痛に注意。

大学院レベル(M2以上): M1レベルにおける動学モデルでは、ラグランジュ乗数法などを使って最適解を「数値の列」として解き、その性質を差分方程式を分析することによって明らかにする、というのが代表的な分析手法です。近年のマクロ経済分析では、ダイナミック・プログラミング(DP)を使って最適解を関数、つまり行動ルール、として解く方向に向かって進化を続けています。どちらがより先端的か、という問題よりも、むしろその難易度からの要請としてどうしてもこちらを先に学習できないので、まずはM1レベルのマクロ分析に熟練するのが良いと思います。

教科書:

  1. Lars Ljungqvist & Thomas Sargent, Recursive Macroeconomic Theory, 2nd edition, MIT Press, 2004.

このレベルで紹介する本は1冊ですが、難易度的にも分量的にもこれで十分だと思います。現在最も代表的な大学院レベルの教科書ですが、M1の諸君にはおすすめしません。大学院M1のコースワークが終わった後で挑戦すると良いと思います(これがコースワークの教科書なら話は別ですが)。この本は平易な内容から徐々にレベルアップしていくタイプの教科書ではなく、最初から最後まで高度な分析を貫いているので、その意味でどの章から読み始めても同じです。興味のある章から読み始めることをおすすめします。

ダイナミック・プログラミング 経験者はよくご存知だと思いますが、実は、DPの攻略というのはそう簡単には行かないものです。理由ははっきりしていて、ラグランジュ法などと違って、DPはベルマン方程式という関数方程式を扱っているために、使っている数学的水準が飛躍的に上がってしまうからなのです。もちろん、お料理教室風に使い方だけ解説することは可能で、その意味での使い方は簡単なのですが、しっかり理解しないままラグランジュ法代わりに使うという姿勢は危険です。しかしながら、今よりもほんの少し理解を深めようと思ったとたん、目の前に大きな壁が立ちはだかることになるのです。基本的に近道はありませんが、上でご紹介したAcemogluから入ると良いかもしれません。

DP登山に携帯したい本:

  1. Nancy Stokey & Robert Lucas, Recursive Methods in Economic Dynamics, Harvard University Press, 1989.
  2. A.N. Kolmogorov & S.V. Fomin, Introductory Real Analysis, Dover.
  3. Claude Berge, Topological Spaces, Dover.
  4. Jerome Adda & Russell Cooper, Dynamic Economics, MIT Press, 2003.

ここでいうDP登山とは1を読む作業を指します。私はまだ平地でぐだぐだしております。個人的意見ですが、純粋数学の箇所に関しては1でどのような項目を身に付けるべきかを確認し、実際の勉強は2や3などを使う方が効果的かなと感じています。1で全く意味不明だった概念が2や3ですぐに解決したという経験のある方も実は多いのではないかと思っています。例えば、Contraction Mapping Theoremの証明は2の方が明快だと感じます。とはいえDPに関して1が今のところバイブルであるという事実は揺らぎません。名著3も経済学者に人気ですが、残念なことに最近Doverから絶版になっていました。Doverは古い名著を2000円くらいで提供してくれるので大変有難いです。2も買えるうちに備蓄すべきかもしれません。4は1ほどの難易度はありませんし、それなりに説明をしつつ応用に力を入れていますから、1に負担を感じる人には4がおすすめです。なお、もしもサーチ理論に興味のある方であれば、1にばかり労力を奪われるよりは、いきなり論文を読むのも効率的かもしれません。サーチ理論は事実上Applied dynamic programmingですから、「習うより慣れろ」の精神でサーチ理論を勉強してしまうというのも一つの考え方です。その後で1に行くと、また違った風景が見えるはずです。また、下でご紹介する数値計算というのも、実はDPの勉強にとっては効果的です。数値的にDPを解くという経験によってDPの「手触り」を体験できるというのが魅力です。「方程式の解が関数です」といわれても、そう簡単にイメージできませんから。その意味においても4は良い本だと思います。さて、「Measure theoryとStochastic DPはどうした?」というツッコミがあるかもしれないのでここでお詫びをいたします。5年後にここでご紹介できることを目標に、現在Measure theoryおよび確率論を勉強中でございます。

経済数学一般: 

  1. Carl Simon & Lawrence Blume, Mathematics for Economists, Norton, 1994.
  2. Michael Carter, Foundations of Mathematical Economics, MIT Press, 2001.
  3. Daniel Leonard & Ngo Van Long, Optimal Control Theory and Static Optimization in Economics, Cambridge University Press, 1992.

1は経済学を学ぶうえで重要な数学的手法を広く扱っているのみならず、説明も例題も非常に分かりやすいです。経済数学の本を1冊だけ買うならば迷わずこれを選ぶべきです。2は不思議なほど無名なのですが、かなり良い本です。1よりも上のレベルの経済数学を学びたい人におすすめです。DP登山にも適しています。連続時間の動学的最適化で使用するハミルトニアンの学習には3が最適だと思います。クーン・タッカーなどの静学的最適化も詳しいです。素晴らしい本です。

数値計算: 現在のマクロ経済学の状況を考慮すると、MATLABなど、数学ソフトを用いてのシミュレーションなど、数値的な分析の技術向上は極めて重要です。私が大学院生の頃には自習のための文献が全くなく、詳しい人から直接習う以外になかったのですが、このごろは良書が多数出ていますし、MATLABのコードをホームページで公開している人も多いですから、自習する機会には恵まれていると思います。是非活用してください。特にLjungqvist-Sargentを読む際には必要になってくると思います。代表的な教科書を挙げると:

  1. Kenneth Judd, Numerical Methods in Economics, MIT Press, 1998
  2. Mario Miranda & Paul Fackler, Applied Computational Economics and Finance, MIT Press, 2002.
  3. John Stachurski, Dynamic Economics: Theory and Computation, MIT Press, 2009.

1はかなり包括的な数値計算の教科書で、基礎が身につきます。自習よりはサブゼミなどで使うと効果的かもしれません。2は読んでいないのでコメントできませんが、非常に評判が良いです。1よりも良いと言われているようです。多分その理由はMATLABを強く意識して書かれていためだと思います。1の場合は一般的なアルゴリズムのみです。3は数値計算だけでなく数学的基礎も充実しています。難易度は非常に高いです。私は今のところ白旗です。

大学院レベルのミクロ経済学: Ljungqvist-Sargentを見ていただければ分かるように、最近のマクロ経済学を理解する上でミクロ経済学、特にゲーム理論は極めて重要な役割を果たしています。ゲーム理論的均衡概念を導入することでマクロ経済学は新たなレベルへ進んでいるのです。「自分はマクロ経済学専攻だから」では済まされない時代になってしまったのでその点は覚悟が必要です。代表的な教科書は、

  1. Andreu Mas-Colell, Michael Whinston, and Jerry Green, Microeconomic Theory, Oxford University Press, 1995.
  2. Hal Varian, Microeconomic Analysis, Norton, 3rd edition, 1992.
  3. Robert Gibbons, Game Theory for Applied Economists, Princeton University Press, 1992.

私が大学院生の時は1が登場して間もないころで、大学院初年度のミクロは2に始まり1に終わる、といった形でした。現在は1に始まり1に終わる、と言い切っても良いくらい1の影響力が強くなっているようですが、2も非常に説明が明快なので私は好きです。ただし、できればVarianは大学院入学前には読み終えてもらいたいですね。ゲーム理論の教科書は多数ありますが、3が最もコンパクトで応用例が充実しています。誰一人同意してくれませんが、私は2のゲーム理論や情報の経済学に関する説明も気に入っています。

おわりに: 最先端の研究と教科書の関係のイメージは、ある論文が雑誌に掲載されてから学会でその価値が認識されるまでに約10年、その分野の研究が加速して大量に論文が生産される期間がまた10年程度あり、大学院生向けの教科書に紹介されるまでには論文執筆から10年から20年の歳月を要することが多いです。したがって、通常は(「必ず」ではありません)、特定の研究分野についての研究成果が出揃ったころ、つまり「終わった」ころにその分野の教科書が出版されます(逆に、教科書によってその分野への参入が促されるケースも考えられます)。その後の10年くらいの間に学部上級レベルの教科書にちらりと紹介され始めて、学部生向けの教科書に本格的に登場するのは、そのアイデアが論文として発表されてから30年から50年かかる、と私は認識しています(これが、DSGEはそろそろ学部教育に反映されるべきだと私が考える根拠です)。さらに続けると、経済学部生だけでなく世間一般にまでアイデアが浸透するにはさらに30年近くかかるのではないでしょうか。もちろん、そのころにはその知見は「常識」と呼ばれているはずです。ケインズは『一般理論』を次のように締めくくっています:

Practical men, who believe themselves to be quite exempt from any intellectual influences, are usually the slaves of some defunct economist. Madmen in authority, who hear voices in the air, are distilling their frenzy from some academic scribbler of a few years back.

自分のアイデアが100年後の常識になっているかもしれない、そう思えば苦しい勉強の慰めくらいにはなりそうですよね。このページが皆さんの学習の参考になると幸いです。


ホームに戻る