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橋本努『自由の論法』創文社1994

 

論点ハイライト

 

 

本書『自由の論法』は、通常の思想史や学説史のアプローチとは異なり、歴史の「新しい始め方」を提示しています。以下にその主要な論点をご紹介します。

 

 

■ 序章  科学の時代

□ 「科学」とは、時代の「問題精神」となっていた。(4)

□ エンゲルスにおいて、科学の概念は変容した、と指摘しています。(5-6)

□ 「科学的自由主義の成立」という歴史観を提示しています。(8)

□ 方法論の土俵が成立した条件として、思想闘争があったことを指摘しています。(12)

□ 「科学」概念の問題化について独自の見解を述べています。(13)

□ 歴史叙述について、独自の考え方を示しています。実際の歴史に合理性が足りない場合には、現時点で合理性を与え、知識の合理的な取捨選択をなすべきであるという規範を提示しています。(14)

□ いわゆる方法論研究の不毛性を指摘して、モラル・サイエンスを位置づけます。(16-17)

 

 

■ 第一章  方法論の理論

□ 図1-1,1-2  (26-27頁、28-31頁の説明も参照)

□ 「狭義」の科学を定義します。(28)

□ 図1-3,1-4 32-33頁、34頁以降の説明も参照)ここでは、例えば、「正統性」と「正当性」と「妥当性」の区別、方法論の機能代替、機能概念の定式化、「機能ーシステム主義」という理論装置、機能の重層性などの分析によって、「方法論の新たな理論」を構築しています。以下に図1-3および図1-4を記します。

 

 

 

□ 「方法論の六類型(橋本類型)」という、新たな類型論を提示しています。(36-)

□ 「正当化」と「根拠論」の区別、また、根拠論のさまざまな分類を試みています。(37)

□ ポパーの立場は、「暫定的根拠論」として位置づけられる、と主張しています。(38)

□ 「根拠づけの無限退行」というパラドックスは、方法論の難点ではない、と主張しています。(38-9)

□ 方法論における「根拠論」を放棄する三つの道について、明確にしています。(39)

□ 成長論における「内的基準」と「外的基準」の区別を提案しています。(40)

□ 「成長論」と「批判的合理主義」を区別して、批判的合理主義に対する批判を示しています。(41)

□ 「コミットメント」概念の区別を提示しています。(42)

□ 「発見法」における三つの種類の区別を提示しています。(43-4)

□ 「正当化」と「発見法」の「相互参入のパタン」について解明しています。(45)

□ またこの「相互参入パタン」の分析から、「反証可能性テーゼ」(ポパー)のさまざまな意味を解明しています。(46)

□ 方法論における「領域設定」機能は、潜在機能をもたないことを指摘しています。(48)

□ 「機能の発達」と「システムへの逆機能効果」という理論的見解を示しています。(49)

□ 「価値操作」のさまざまな形態から、「負荷」関係を取り出すという理論的な手続きを示しています。(52-3)

□ 「価値」「イデオロギー」「立場」「思想」「社会観」「思考様式」「負荷」といった基礎概念について、独自の定義を与え、議論を明確にしています。(54-5)

□ 本書で「方法の思想負荷性」という場合の「負荷」概念は、ハンソンとサンデルの用法とは異なり、独自の意味を持つことを示しています。(56-7)

 

 

■ 第二章  思想負荷性の解釈

□ ミーゼスの見解は、ハイエクよりもむしろ、ポパー主義的であるとの見解を示しています。(70-)

□ ハイエクの立場が、ミーゼスやポパーとは異質である点について、一定の解釈を示しています。(80-)

□ 「無知」という概念によってハイエクの方法論を特徴づけ、「無知の知性」というものについて論じています。(90-91)

 

 

■ 第三章  社会主義経済計算論争における方法の思想負荷性

□ 図3-1.この論争の争点と論者たちの立場について、初の分類を試みています。(101)

□ 図3-2.「知識」概念を分析しています。とりわけa(明記しえないルールの存在が位置づけられる),b(経済倫理学の位置づけなど)の分類をしています。(109)

□ ランゲとハイエクの着眼点の類似性を指摘しています。(110-111)

□ 三つの研究方針について提示し、認識論の研究方針を批判しています。(111-12)

□ 計算論争において、「方法の思想負荷性」は、どのように、またどの点で「脱思想化」されたのかについて、分析しています。(113-)

□ 計算論争の意義は、「市場社会主義者」の歩み寄りによって、方法論がもはや思想対立を解決する場ではなくなったことにある、と論じています。(120)

 

 

■ 第四章  反《歴史主義》方法論の内在的批判

□ 「科学的自由主義」の失敗は、方法論の失敗にあった、と論じています。(121)

□ ポパーのいう《歴史主義》の多義性を分析しています。(122-3)また、五つの論拠によって、ポパーの《歴史主義》を内在的に批判しています。(124-)

□ ポパーの《歴史主義》に対する従来の論駁は、無効であると主張しています。(133)というのも、社会科学におけるポパーは、反証主義者ではないからです。(136-)

□ ミーゼスの方法論に対して、内在的な批判を試みています。(144-、とくに150-)

□ これまでの外在的なミーゼス批判から、ミーゼスを擁護しています。(146-)

□ ミーゼスの「アプリオリ」概念を、五つに分類しうることを示しています。(149-50)

□ ハイエクの方法論の独自性はどこにあるのかについて、示しています。(158-60)

□ ハイエクのいう「科学主義」の多義性を分析しています。(161)

□ 「限界効用理論」と「道徳科学(モラル・サイエンス)」の関係について、一定の見解を示しています。(162)

□ ハイエクのいう「方法論的個人主義」に対する内在的批判を試みています。(166-)

□ 意識の可変性について検討しています。(167-8)

□ 意識の理解について検討しています。(168-9)

□ ハイエクのいう「原理説明」に対して、三つの論駁を試みています。(170)

 

 

■ 第五章  方法から思想へ

□ 本章は、本書のなかで最も重要な章です。本書の第一部を総括し、独自の思想史命題を、五つ提出しています。さらに、四つの「脱思想化過程」を考察しています。今世紀の社会思想と社会科学方法論の関係について、独自の主張をまとめています。

 

 

■ 第六章  個人主義の位相

□ 図6-1.方法論的個人主義の意味を五つに分類して明確にしています。(183)

□ ポパーとハイエクはいずれも、社会論的には個人主義者でなかった、という見解を示しています。(188)

 

 

■ 第七章  合理主義と功利主義

□ 「批判的合理主義」の対極にある立場は、四つあるという解釈を示しています。(196)

□ ポパーにおける実践的合理主義(199)を、彼のいう批判的合理主義とは区別して評価しています。

□ ポパーは、伝統主義を単純には否定してはいない、という点を明確にしています。(201-2)

□ ハイエクのいう「反合理主義」に対立する立場は、二つ存在することを明らかにしています。(206-7)

 

 

■ 第八章  政治経済の政策認識

□ これまで提出された、さまざまな「社会工学」批判を整理し、それらがポパーに対する批判たりうるかについて検討しています。(214-)

□ ハイエクの立場は、「レッセ・フェール」と「介入主義」の対立(啓蒙時代の市場論)を乗り越える点で、評価できることを示しています。(221)

 

 

■ 第九章  自由主義

□ バーリンの自由論について、独自の解釈を示しています。

□ 自由の問題について、積極的自由と消極的自由の比較考量ではなく、消極的自由とその条件の問題として考えるべきだ、と主張しています。(233)

□ 「自由の成長論」について論じています。私の思想的立場を示す萌芽的な議論が、ここに表されています。(235-)

□ 「知識の成長(進化)」と「社会の成長(進化)」のアナロジー関係について、進化論的認識論の知見を参考に、さまざまな角度から考察しています。(240-1)