尾近裕幸・橋本努編
『オーストリア学派の経済学 体系的序説』
日本経済評論社
まえがき
本書は、「オーストリア学派経済学」と呼ばれる経済学の歴史と理論について、体系的に解説した入門書です。まだ経済学を学んでいないという方にもわかりやすく紹介しています。通常の経済学書とは一風異なる観点をもつ本書は、もう一つの経済学入門であり、経済の現実を理解するための新しい教科書です。
オーストリア学派は19世紀後半、ハプスブルク帝国の末期にあたるオーストリア=ハンガリー帝国(1867-1918)帝国において、カール・メンガーの経済学研究から始まりました。そしてその後、ベーム-=バヴェルクやミーゼスやハイエクといった経済学者たちに継承されて、現在はアメリカを中心に、さまざまな方向に展開しています。ですから「オーストリア」学派といっても、現在のオーストリアの経済とは関係ありません。オーストリア学派経済学は当初、新古典派経済学の一翼を担う有力な学説として出発しましたが、現在は、それと拮抗する一つの経済学体系として位置づけられています。
ではオーストリア学派経済学とは、どのような内容をもつ経済学なのでしょうか。詳しくは本書の「序章」と「終章」において説明していますが、オーストリア学派は、徹底した主観主義や方法論的個人主義、知識や不確実性の役割に関する独自の理解などによって特徴づけられる、一つの体系的な市場理論を提示しています。その内容を学ぶ意義は、第一義的には、「通常の経済学の教科書が教えない経済観を知る」という点にあるでしょう。実社会に出れば、誰もが経済の現実に向き合うはずです。しかし「経済の現実」とは、理論的にはどのように理解すべきなのでしょうか。例えば次のような問題はどうでしょう。「あなたは市場経済というものをどのように捉えていますか」。「市場経済の本質は何だと思いますか」。「市場の動きを理解するためには、何に注目すべきだと思いますか」。「社会主義経済が崩壊した理由は何だと思いますか」。等など。こうした、素朴ですがいざ答えようとすると難しい問題に対して、通常の教科書は、実はあまり多くを教えてくれません。これに対してオーストリア学派の経済学は、日々の経験に反しない、具体的で明快な説明を与えています。
それゆえ本書「オーストリア学派の経済学」は、通常の経済学の説明に飽き足らない人には「経済学への再入門」として、また通常の経済学の教科書につまずいた人には「新しい入門的教科書」として、あるいは、社会学や政治学や法学などの諸分野からアプローチする人には「新しい経済観への接近」として、それぞれ読みすすめていくことができるでしょう。オーストリア学派は、常に新しい市場経済観をもたらそうと挑戦してきた学派です。その内容は、着想の宝庫ともいえます。
本書の構成は、序章と終章のほか、2部に分かれた諸章からなります。「序章」では、オーストリア学派の歴史を系譜的に叙述しています。これまでオーストリア学派は、部分的にしか理解されてきませんでした。しかしその叙述によって、読者はオーストリア学派に対する包括的な理解を得るでしょう。次に第T部「オーストリア学派の巨匠たち」では、オーストリア学派経済学の基礎を築いた理論家たちについて、主としてその人物像や学説史的理解を中心に紹介しています。これに対して、第U部「現代におけるオーストリア学派の展開」では、最近のオーストリア学派の理論的成果を、それぞれのテーマごとにわかりやすく紹介しています。そして最後に「終章」では、オーストリア学派の多面的な特徴を紹介し、今後の発展方向について展望しています。また巻末に付した文献案内は、オーストリア学派経済学についてさらに理解を深めるための情報源として役立つでしょう。
読者は本書を最初から順番に読む必要はありません。それぞれの章は独立しています。興味のある章から自由に読みすすめて下さい。
2003年2月
尾近裕幸・橋本 努